「どこで働くか」よりも「なぜ働くのか」を重視する時代に──「パーパス経営」や「ミッション・ビジョン・バリュー」といった言葉がメディアなどで取り沙汰されるなど、会社のカルチャーづくりの重要性が近年高まっているように感じます。なぜ、カルチャーづくりの必要性が高まっているのでしょうか。青田:前提として、もともと経営において会社のパーパス(目的)を明確化したり、ミッション・ビジョン・バリューを策定したりすることは重要でした。近年、その重要性が高まってきている背景にあるのは「労働環境の変化」です。今まで当たり前とされてきた「終身雇用」は崩壊し、転職することが一般的な時代となりました。昔のように、新卒で入社した会社で定年まで勤め上げることが一般的だった時代は、そもそも「転職」という選択肢を考える人が少なく、その会社で勤め上げることが当たり前で、特に理由も求められなかったので、会社のミッション・ビジョン・バリューがなくても良かったのかもしれません。しかし、今は優秀な人であればあるほど転職しやすい時代になっており、優秀な人ほど働く会社を選ぶ際に「どこで働くかよりも、なぜ働くのか」を重視することも増えてきている感があります。会社が目指す方向性とその人のやりたいことが一致しなければ、優秀な人を採用できない時代になりつつある。そのような背景もあり、会社が存在する“目的”を掲げるなど、カルチャーづくりの必要性が高まっているんだと思います。──会社のブランド、知名度が採用における競争力ではなくなってきている。青田:そういうことです。また採用の側面だけではなく、社内で働く優秀な人たちに自社で働くことを選び続けていただく「リテンション」の観点からも、会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューの重要性は高まっています。会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューが明文化されていると、それが働く人たちの心の拠り所になる。そうすると、何か仕事で大変なことがあったとしても、「このビジョンのために頑張ろう」とひと踏ん張りが効きやすくなる人もいることでしょう。また、会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューは意思決定の判断軸にもなります。不確実性が高い状況の中、何かしらの意思決定をする際も会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューがあれば、それをもとに進むべき道を判断して、働く人たちにとっては“分かりやすい判断材料”になる。加えて、カルチャーは構築・浸透していくのに時間がかかり、サービスやビジネスモデル以上に真似しづらいという特徴がありますので、「模倣困難性の高い競争優位」につながります。そういった観点からも、会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューを策定する必要性が高まっていると感じます。会社のカルチャーは、一人ひとりの判断、行動から滲み出てくるもの──カルチャーづくりの必要性を感じている会社は増えてきているように感じる一方、「具体的に何から始めればいいのか分からない」という会社も多いと思います。会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューを策定するにあたって、まずは何から始めていくべきでしょうか。青田:まず、パーパスにおいて意識しておくべきはいきなり「パーパスを策定しよう」と取り組むのではなく、「パーパスを策定する目的」を明確にしておくことです。例えば、共通の価値観があり、一体感を持ちながら一人ひとりの社員が働ける環境にするなど、パーパスがあることによって会社はどういう状態になっていたいのか。まずは、それを明確にしておくべきでしょう。会社のカルチャーは社員一人ひとりの判断、行動から滲み出てくるものです。判断、行動の積み重ねの結果として生まれてくるものであり、カルチャー自体は“空気のようなもの”なので直接触れることもできないですし、マネジメントすることもできません。一方、無形であるカルチャーに比べて、社員一人ひとりの判断や行動は価値基準や行動指針を定めておけば、ある程度マネジメントしやすくなります。その価値基準や行動指針を明文化したものが、会社のバリューです。それらを定めて、会社への浸透を促していくことで、カルチャーが醸成されていきます。──会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューを浸透させていくにあたって、どのようなことを意識すべきでしょうか。青田:大事なのは、現場で働く社員一人ひとりとの“接続”です。そのために、会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューにもとづいて、自分自身の日常的な言動や意思決定といった一つひとつの行動をどう変化させていくべきなのか。それについて話し合う機会を設けるべきでしょう。「会社の価値向上」という歯車と「社員一人ひとりの価値発揮」という歯車がきちんと噛み合ってこそ、会社のミッション・ビジョン・バリューは意味のあるものになるわけです。この2つのバランスが取れているかどうかは策定するにあたって、意識を持っておくべきだと思います。また、ミッション・ビジョン・バリューを浸透させていくためには、それらを体現した判断、行動ができているかどうかを見極めるために評価項目にも組み込むべきでしょう。そして、それらを経営陣の目線だけから判断するのではなく、360度評価という形で全社員の目線から判断していくことが大事です。そうすることで、より現場で働く社員たちは会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューを意識するようになっていきます。会社のパーパスやミッション・ビジョン・バリューが浸透していくことで、働く社員の評価はもちろんのこと、自社のカルチャーに合った人材も採用しやすくなります。採用において、自社のバリューに合っているかどうかで判断している会社は、個人的な肌感覚としてはまだそこまで多くない印象です。会社が大事にしたい価値観や行動指針を形式知にしておくことで、自社にマッチした人材を採用でき、結果として会社も継続的に成長していきやすくなります。説得から納得。ミッション・ビジョン・バリューの浸透に必要な考え方──まず決めるべきものとして、会社の価値観・行動指針となる「バリュー」を挙げられましたが、決める際のポイントはあるのでしょうか。青田:「短くする」ことだけを意識してしまうと、言葉の解釈の余地が生まれやすくなり拡大解釈されやすくなるので、みんながバリューに対して同じ意識を持つのが難しくなってしまいます。一方で、「長くする」ことでバリューを日常的な会話に組み込みづらくなってしまうのも良くありません。現実的な落とし所としては、キーフレーズとなるバリューは一言で言い切れるものにし、その内容を補足する説明文を用意しておくのが良いと思います。一言で言えるバリューにすると、日常のコミュニケーションで使われやすくなりますし、コミュニケーションツール・Slackの絵文字にできるくらいの長さだと、より浸透が図れるでしょう。──ミッション・ビジョン・バリューは経営陣だけで考えるべきなのでしょうか、それとも全社員で考えるべきなのでしょうか。青田さんはどちらの考えでしょうか?青田:個人的に経営者もしくは経営陣などTOPレイヤーが責任を持って考えた方がいいと思っています。ミッション・ビジョン・バリューは会社が実現したい世界から逆算して考えるべきものなので、未来を見据える必要があります。その場合、視座が高くなければ遠くのことは見渡せないので、会社の経営において最も視座が高い経営者もしくは経営陣が考えるべきです。多くの人は、ミッション・ビジョン・バリューを策定するプロセスに現場で働く社員が入っていないと「受け入れてもらえないのではないか」と思ってしまいがちですが、大事なのは策定されたミッション・ビジョン・バリューが賛同できるかものかどうかです。そのためには日常的に、一人ひとりの社員がどんな思いを持って働いているかを把握しておき、そして決めるべき部分は経営者が責任を持って決める。このようなやり方のほうが、大事なところからブレずに決められると思います。ミッション・ビジョン・バリューを策定し、浸透を図っていく際は「なぜ、そうなったのか」を論理的に説明しつつ、相手の心にも訴えかけるようにする。8〜9割は論理的に説明しつつ、残りの1〜2割にエモーショナルな要素を乗っける。「説得から納得へ、頭から心へ」という二段構えで話をしていくと、社員の賛同も得られやすいのではないでしょうか。──青田さんはリクルートグループ、PwC、Amazon、LINEなど規模の大きい会社で人事や組織づくりに取り組まれています。規模の小さいスタートアップでのカルチャーづくりは比較的やりやすい印象ですが、規模が大きい会社においてカルチャーづくりを進めていく際、どのような点に気をつけると良いでしょうか。青田:ある程度の規模になってくると、背中を見せていれば伝わる範囲を超えてきます。そうなったら、言葉で伝えていくことが大事になります。会社のトップである経営者が「言葉」というツールを使って、気持ちや考え方、行動の方向性をきちんと揃えていく。多くの人は一度伝えただけで「伝わった」と思いがちですが、ミッション・ビジョン・バリューは一度聞いただけで覚えられるものではありません。本人の中でミッション・ビジョン・バリューを噛み砕く時間も必要ですし、何度も言うことで浸透していく部分もあります。「あの人、同じことを何度も言っているよね」と社員から思われるくらい、ちゃんと伝えられるかどうか。それが大事なポイントになっていくと思います。私が過去に勤めた会社では、経営者が言葉にして発信するのはもちろんのこと、手に取れるようなものも作っていました。例えば、リクルートでは社内報『かもめ』を発行したり、LINEではミッション・ビジョン・バリューをまとめた冊子を作ったりして、浸透を図っていました。こういうのもひとつの手だと思います。先ほど、カルチャーは空気のようなものでマネジメントが難しいと言いましたが、組織のパルスサーベイや行動評価などで組織においてバリューが体現されているかどうかを数値化・可視化することができます。それを半年に1度、もしくは1年に1度など定期的に実施するのも良いでしょう。カルチャーづくりとは「土を耕すこと」──自社のカルチャーに合っている人を採用するにあたって、青田さんはリファレンスチェックの重要性をどうお考えですか。青田:リファレンスチェックはすごく大事だと思います。カルチャーにフィットするかどうかは、つまり会社のバリューを体現できるかどうかです。そして、バリューの体現は日常の行動一つひとつに現れてくるもので、それは職務経歴書では判断しきれません。日常的に会社のバリューが体現できていた人だったのかどうかは面接では見極めにくいからこそ、かつて一緒に働いた人たちがリファレンスとして教えてくれる。結果ではなく、日常業務における行動や考え方、立ち振る舞いの情報を提供してもらえるのは良いことだと思います。リファレンスチェックをやっている会社に1度入ると、「やっていない会社は大丈夫なの?」と思ってしまうくらいです。個人的な経験も踏まえて、採用プロセスにおいてリファレンスチェックが標準化されればいいな、と思っています。──ちなみに、現時点でリファレンスチェックを導入していない会社が、今後導入を進めていくにあたって意識すべきことは何でしょうか。青田:「リファレンスチェック」と聞くと、どこか仰々しいイメージを持つ人もいるかと思いますが、個人的にはもっと気軽に受け止めて良いと思います。リファレンスはいわば「前職からの引き継ぎ」のような側面もあります。新たに仲間となる人はどのような時にパフォーマンスを発揮しやすいか、どのようなサポートが効果的かなどを事前に知ることができれば、入社時のオンボーディングにも活かせると思います。──その際、どのようにしてリファレンスチェックを採用のフローに取り込んでいくべきでしょうか。青田:基本的には、最終面接前後でリファレンスチェックを実施するケースが多いです。リファレンスチェックは候補者の人からすると慣れていないこともあるので緊張することが多いかと思います。そのため、趣旨の説明やリファレンスチェックの流れなどについて採用担当者から候補者の人に説明し、不安を払拭する機会を設けられると候補者体験(Candidate Experience)の観点でも良い効果があるのではないでしょうか。──ありがとうございます。では、最後にカルチャーづくりにおいて、経営者が「最も意識すべきこと」があれば教えてください。青田:カルチャー(Culture)の語源は「Cultivate(耕す)」と言われています。つまり、花を咲かせるための土壌を整えることが“カルチャーづくり”とも言えるでしょう。カルチャーは“風土”とも言い換えることができますが、風と土の両方が必要なわけです。土を耕していき、良い風が吹くようにする。経営者や人事は短期的な成果を追い求めようとせず、時間はかかるかもしれませんが、地道に土を耕していくことが何より大事になります。最後までお読みいただき、ありがとうございました!ぜひ下のシェアボタンから、青田氏へ感想をお届けください。また、カルチャーづくりにおいて課題を感じることや、リファレンスチェックに対するイメージなどの投稿もお待ちしております。