昔から「人的資本経営」をやっている企業はある──昨今、人的資本経営が注目を集めるようになっています。宮脇:コーポレートガバナンス・コードの改訂をきっかけに、日本でも人的資本経営という言葉を耳にする機会が増えました。人的資本経営とは、人材を“資本”としてとらえ、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。もちろんこの考え方は重要なのですが、いわゆる“人的資本経営”というのは決して今に始まったものではありません。人材をリソースではなく“キャピタル(資本)”と考え、人材を中心に据えて中長期のサステナブルな成長戦略を描いていくというのは、米国の企業は一昔前から実践しています。例えば、私が過去に在籍していたジョンソン・エンド・ジョンソンはそうです。従業員を第一に考え、その次に顧客、地域社会、株主という順番で経営に関するさまざまな物事を決めていました。こうしたステークホルダーごとの優先順位は、今も変わっていません。人的資本経営に関しては、「人的資本は人件費ではないので、P/L(損益計算書)上のコストではなく、B/S(貸借対照表)上の資本に入れるべき」という考え方が本質的だと感じています。その視点を踏まえると、金融におけるキャピタルのように人的資本においても経営状況や株価に応じて、その価値が増えたり減ったりすることもあるわけですよね。そうすると、果たしてどれだけの情報を開示すれば良いものなのか、迷っている企業も多いはずです。実際、ビジネスの現場における人的資本経営の意味合いや意義を、私自身も日々研究中です。どの企業も様子を見ながらになっているため、最近は人的資本経営のコンサルタントというような専門家のポジションも生まれています。「こういう風にすれば良いですよ」とアドバイスをしてくださるわけですが、「他社がこうしているから、うちもこうしよう」とまるっきりそのまま実践したところで、血の通ったものにはならないはずです。自社のコンディションや目指す方向を踏まえた上で、専門家とよく協議をする必要があります。また、人的資本経営は「人材は大事。投資したら伸びる、リターンを生む」という考え方でもありますが、それを実践し続けられるかという視点では、私は懐疑的な見方をしています。CHROの役割は、性善説のもと「従業員の誰もが持っている成長可能性を引き出し、最大限に伸ばす」という姿勢で能力開発やキャリア開発に取り組むわけですが、どんな組織であっても人的資本経営の観点においては従業員のパフォーマンスに順位が発生してしまうものでもあります。人的資本経営の場合、100名規模の組織であれば1位から100位までの事実上の順位が生まれ、ハイパフォーマーとローパフォーマーに区分されることになります。その際、ローパフォーマーも含めて「資本」ととらえ、リターンを前提に企業として投資し続けていくことはできるのか。そういった現実的な課題はまだまだあると思っています。企業は「こういう人材が欲しい」と定義して採用を進め、社内の上位10〜20%の人材をハイパフォーマーと定義して投資を続けている以上、個人的には「人的資本」という枠組みにこだわらなくても良いのではないかと考えています。米国などの外資系企業も人的資本経営の重要性を説いていながら、株価の変動を要因に数千人〜数万人規模のレイオフ(解雇)を実施している。実際のところ行っているのは、昔ながらの資本主義における株主資本経営です。「人材は大事な資本であり、資源だからコストではない。価値を生み出す投資である」という考え方そのものは理解できるのですが、それがビジネスの現場において、どれだけ意義があるのかどうか。これはもう少し議論すべきポイントがあるのではないかと思います。「人的資本経営」の重要性は説かれていますが、現実を見てみると労働費用総額に占める教育訓練費の割合は年々減少傾向(※)にあるわけですから。(※)内閣府「就業形態の多様化に向けた能力開発」より人材採用・人材育成が上手な企業の特徴──そうした中、企業はどのような考えのもと人材採用に取り組むべきでしょうか?宮脇:まず、私が「採用が上手い」と感じる企業は、「どんな人を採用すべきか」が明確に分かっています。ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)が用意されており、欲しい人材のスペックや人物像などがきちんと言語化されて社内の共通認識となっている状況にある。「人材が欲しい」と言っているが本当に欲しいのか。欲しいのであれば、それはなぜか。そして、どんな人が欲しいのか。現場のハイヤリングマネージャーが、詳しすぎるくらいのジョブ・ディスクリプションを書けることが大切です。採用力を上げたいのであれば、自社の欲しい人材を明確に把握することから始めるべきでしょう。また、現場のハイヤリングマネージャーと人事が連携することも大切です。まずは人事が主体となって、ジョブ・ディスクリプションのテンプレートを作るとともに、ジョブ・ディスクリプションの書き方を現場のハイヤリングマネージャーにアナウンスしていくのが良いと思います。そして、現場のハイヤリングマネージャーが欲しい人材などの要件を定めつつ、人事が自社のカルチャーにマッチしている人材かどうかを見極めていく。この両輪の組み合わせが重要です。どちらかが抜け落ちていると、結果的にミスマッチなどに繋がる可能性を生む要因にもなります。採用目的と欲しい人材を明確化しておくことに加えて、採用プロセスの最適化も必要不可欠な要素です。ジョブ・ディスクリプションに適した人材を採用するために、効率的かつスピード感のある採用プロセスを構築するのが理想です。多くの企業はヘッドハンターに求人票を渡した後、ロングリスト(条件に見合うと思われる候補者を全て記載した候補者リスト)をショートリスト(適正があり、求人企業に興味があると認められた候補者リスト)にし、そこから複数回の面接を経て最後にオファー面談を行い、正式に採用となります。しかし、これだとトータルで6〜8ヶ月かかってしまいます。これだけの時間を費していると、その間に優秀な人材は他社から内定を取得し、転職活動を終えてしまうかもしれません。すると、欲しい人材も採用できなくなってしまいます。──適した人材を採用するにあたって、リファレンスチェックも効果的でしょうか?宮脇:書類選考や面接に加えてリファレンスチェックを実施することは、今の時代には特に効果的です。いわゆる「採用が上手い会社」は採用プロセスも短く、応募から採用まで最長でも3ヶ月しかかかりません。パイオニアでも3ヶ月以上かかることのないよう、採用プロセスの最適化に力を注いでいます。自社に適した人材か否かを見極めるために面接の回数を増やす企業がありますが、個人的には面接の回数を増やしても良い人材は採用できず、現場の工数と時間がかかってしまうだけだと思っています。候補者の人たちも面接に慣れていて、見た目を良くし、良いことしか言わなくなっている。オンライン面接であればなおさらです。面接で誰もがそれなりのことを伝えられるようになっている時代だからこそ、リファレンスチェックはとても重要なものだと考えています。最初に会ったときの1分間で抱いた印象は、その後1時間話しても変わらないと言われています。であれば、面接の回数を増やしたり、面接に参加する人を増やしたりするよりも、第三者からの評価が分かるリファレンスチェックを取り入れることをおすすめします。採用プロセスを短縮化し、候補者の考え方や価値観、前職までの仕事ぶりやマネジメントスタイル、働き方、ガバナンス的に問題がないかどうか、カルチャーにフィットするかどうかなどはリファレンスチェックで判断すべきでしょう。こうした情報を把握できることで、採用の判断材料のひとつとして、本当に欲しい人材なのか、自社に適しているかも分かりますし、入社後にパフォーマンスを発揮しやすくなるようなマネジメントの方向性も分かります。結果的に定着率も上がっていくはずです。人的資本経営を推進するにあたり、投資対象として考える自社にとって大事な人材を採用することが重要ですが、そのためにもリファレンスチェックを用いた採用は効果的だと考えています。──最後に人材育成のあり方について、宮脇さんの考えを教えてください。宮脇:最近は教育訓練費も減少傾向にありますし、人材も多様化が進んでいるので画一的な育成はやりづらくなっています。そういった状況の中で、私が「人材育成が上手い」と感じる企業は、従業員が自発的に「もっとキャリアアップしたい」「こんな上司・先輩になりたい」と思えるような環境を整えています。働きやすく、毎日行きたくなるオフィスにするなど、雰囲気づくりが上手いところは人材育成も上手いと思います。当社でも従業員の自律的成長を促すことを目的に、指名制の研修プログラムは一部を除いて廃止し、選択制で受講できるような研修スタイルへと変更したりしています。また、1on1を導入し、上司や先輩との対話の機会も増やしています。1on1は自発的に設定している従業員も出てきていますね。オフィスについても、2023年4月には池袋にサービス開発拠点を設けるなど、「ここで働きたい」と思ってもらえる環境づくりに取り組んでいます。本人の自律的な成長を促す環境や仕組みがあり、社内にロールモデルとなる人材がいる。人材育成が上手い企業は、こうしたポイントをきちんと押さえています。最後までご覧いただき、ありがとうございました!コンプライアンスチェック・リファレンスチェックサービスの「back check」は、Web上に候補者の情報を登録するだけで、面接では見抜くことが難しい情報を取得することが可能です。コンプライアンスチェック・リファレンスチェックの実施経験がないご担当者様や、利用方法・運用に不安をお持ちのご担当者様でも、簡単な操作ですぐに利用することができます。ぜひこの機会に「back check」の導入をご検討ください。